本住寺|大田区本羽田にある日蓮宗寺院
本住寺|大田区本羽田にある日蓮宗寺院の本住寺の縁起と所蔵文化財などを、新編武蔵風土記稿や大田区の文化財等を引用して紹介。
本住寺 年貢地5畝7歩、西北の方西馬場高地と東馬場耕地との堺にあり。朗長山と号す。法華宗にて池上本門寺の末寺なり。開祖は佛乗院日惺聖人なり。慶長3年7月6日寂せり。此寺上古此地にありしを、一旦故あって尾張国へうつり、其後また此所に再造せり。かの国にも今に本住寺と云大寺ありといへり。尾州府志云、本住寺は愛知郡東寺町にあり。長寿山と号せり。法華宗にて池上本門寺の末寺也。元武蔵国荏原郡六郷にあり、永禄3年六郷の城主行方修理大夫及び妹尾三河守等力を合せて創建なし、本門寺11世日現上人をもって開山とせり。なかごろ兵乱のわざはいに遇ふて荒廃の後、尾州の人加藤某と云もの同国清須に移して堂舎をたつ。其後また今の地にうつせり。美濃尾張二国の池上派の司をなせりと云々、按ずるに彼書に云所と、この寺に傳ふ所と略同じといへども今も、尾張国に本住寺あるを以ておもへば、再び当国へ移せし後かの国にも猶本住寺ありて、是より、二寺となりしなるべし。ここに開祖は日惺上人といへど、恐くは中興にて、再び此地に移りし時のことなるべし。本尊は三宝祖師の木像にて、長6寸ばかりなり。本堂7間に6間東向。 七面堂。本堂の右にあり。3間に2間。本尊は木の立像にて、長7・8寸許なり。(新編武蔵風土記稿より)