ぼやき川柳大賞になった私の句
ぼやき川柳大賞になった私の句

ぼやき川柳大賞になった私の句

これまでの大賞句とそれにまつわるエピソードを紹介します。ただの自慢話ではありません。これらをはるかにしのぐボツがあったことをまず強調させてください。大賞をもらうために私は必死で努力をしましたし、何度も悔し涙を流しました。 1 「俺が先私が先で死にもせず」(平成25年4月20日) 初投句で初入選を果たしたあと、約1カ月間入選がありませんでした。そのあいだに私は予約録音ができるラジカセを買いました。紙と鉛筆で済むはずの川柳にしては高くついた初期投資です。これで仕事の日であっても録音予約さえしておけばあとで聞けるようになりました。そして4月、公開放送というものがあることもまだ知らない頃でした。NHK…

勝負はまずチケットの入手からです。何カ月か前、番組の最後に今度、公開収録がありますと案内が始まった頃から往復はがきを出し始めました。定員に達した場合は抽選になるということだったので、家族3人の名前でそれぞれに応募しました。同じ郵便ポストからいっぺんに出すと全部はずれるような気がしたので、自宅近く、会社近く、大阪・梅田周辺など異なったポストから日を改めて3通出しました。職場には収録日に年次有給休暇を申請して退路を断ちました。2月17日、帰宅してみると3通の返信はがきが届いていました。妻の1通が当たって「2名分の入場整理券に引き換えできます」と書いてありました。私と娘の2通は抽選の結果、はずれましたと書いてありました。当選はがきに当日のお題は「弱味」「包む」とあります。弱味と包む? これはどう作るべきだろう? その日から格闘の日が始まりました。

赤と青のジャージーを着てギターを弾きながら「なんでだろう」を連呼するテツandトモさんの漫才や大西先生の添削コーナーがあり、3時5分から「ぼやき川柳アワー」が始まりました。佐藤アナが身もだえするような声で「皆さんよろしいですか? いきますよ。 「ぼやき川柳アワワワー」と宣言すると、それだけで会場は笑いに包まれました。みんなラジオでよく聞いているので、待ってました! その名調子! あの声だあ!と思うのです。

誕生日に高価なプレゼントをもらったり、レストランで不意に「とっておきの演出」があったりしたときにどう喜んでみせるでしょうか。日本人が苦手とする分野、永遠の課題ではないでしょうか。総じて日本人は上手に喜ぶことができないように思います。アメリカの映画を見ていると「わざとらしい」を通り越して、見ているこちらが恥ずかしくなるような過剰とも言える喜び方をします。「ワオー オーマイガッド。私が一番欲しかった物よ。どうしてこれが分かったの? パパ、ママ、ありがとう。大好き」などと言って娘はパパやママと抱擁を繰り返します。日本人の私などはそれ以前に、リボンを無造作に引っ張ってほどき、包装紙を乱暴に破ってしまう外国人の行儀の悪さの方に目がいってしまいます。もし日本人なら「この高島屋のの包装紙、あとでまた何かに使えるかもしれない」と思って爪で上手にセロハンテープを剥がすところから始めるはずです。箱を開けてプレゼントが出てきても「あら。どうしたの? 高かったんじゃない? 要らないと言ったのに」とか言って、贈り主が期待している以上の上手な喜び方ができません。贈った側も出費した割に相手には多くを望まないようあらかじめ自分に言い聞かせてあるので、「ホントに粗品ですみません」などと卑屈に応じてお茶を濁すことがあります。