三十三間堂
三十三間堂は、後白河院の法住寺殿の敷地に平清盛が建てた寺院です。寿永2年の法住寺合戦では、法住寺殿は木曽義仲によって焼かれましたが三十三間堂だけが奇跡的に残りました。また戦国時代には、豊臣秀吉が方広寺大仏殿を建立した場所でもあります。千一体の千手観音像と風神・雷神、二十八部衆は圧巻です。
鳥羽天皇の第4皇子(母は待賢門院)として生まれた雅仁親王(まさひとしんのう・のちの後白河天皇)は、若年のころは皇位継承とは無縁だったため、呑気に遊び暮らしていたといわれています。とくに今様に没頭し、昼夜歌い明け暮れ、のどを痛めて声が出なくなったことも何度かあったようで、鳥羽天皇はそんな皇子を「即位の器でない」と冷たく突き離したこともありました。けれどもこの熱中度により、後白河法皇が晩年に編んだ『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』は当時の庶民・貴族の芸能を今に伝える貴重な史料となっています。
その後400年ほど経った豊臣秀吉の時代に、三十三間堂の付近一帯はまたも大きな歴史を刻みます。秀吉は蓮華王院を取り込んで方広寺大仏殿を造営し、奈良の東大寺を模して大仏を造りました。文禄4年(1595)に完成した大仏は高さ約19mで、東大寺の大仏より大きかったそうです。ところが翌年の伏見大地震で開眼を前に倒壊してしまいます。慶長2年(1597)、秀吉は大仏の代わりの本尊として甲斐善光寺から善光寺如来を遷しますが、翌年に病に倒れたことで祟りを畏れて本尊を返却しています。
なお、本堂裏手(西側)は、かつて通し矢の射場でした。通し矢の競技は桃山時代の頃に始まり、江戸時代に大流行して尾張や紀州から名手が出たといわれています。人気種目は121mある本堂の軒下で24時間矢を射続けて、射通した矢の数を競う「大矢数(おおやかず)」で、最高記録は、貞享3年(1686年)に一昼夜かけて13,053本の矢を放ち、8,133本を通した紀州の和佐大八郎という青年によるものといわれています。
本堂(三十三間堂)北から 本堂裏 通し矢の射場になっていた。圧巻!千一体の千手観音像と風神・雷神、二十八部衆
中央に鎮座する高さ3.35mの木造千手観音坐像は、運慶の長男である湛慶(たんけい)の作品で、同族の弟子である康円、康清らを率いて作ったといわれています。檜材の寄木造りの巨大な坐像ですが、威圧感はなく、たいへん上品な面持ちの観音さまです。この中尊が作られた建長3年(1251)の時点で湛慶は82歳だったわけで、当時とすればかなりの高齢ですが、その作風から実際に彫っていたとみられています。
鎌倉彫刻というと威風堂々、筋骨隆々なイメージがありますが、三十三間堂の二十八部衆や風神・雷神は、千一体の観音様よりはるかに写実的、人間的で、どこか気品が感じられるのが印象的です。ちなみに三十三間堂の二十八部衆のなかで私がいちばん好きなのは密遮金剛像(みっしゃこんごうぞう)で、その構えも表情もとてもよく、北斗の拳のケンシロウと戦っても勝てそうな頑強さを感じます。
蟇股(かえるまた)の麒麟の彫刻 元久元年(1204)3月、土御門天皇が後白河法皇の13回忌を行ったとき、法然が六時礼賛の法要を修した遺蹟。南無阿弥陀仏の六文字が刻まれている。法住寺(ほうじゅうじ)
法住寺陵
法住寺の東側に隣接する後白河法皇陵。明治までは法住寺が守護していたが現在は宮内庁が管轄。もと法住寺殿の敷地であり、後白河法皇が自身の陵として法華堂を建てた。妙法院(みょうほういん)
方広寺と鍾銘事
三十三間堂の北側に国立博物館がある。そのさらに北に秀吉が建立した方広寺(大仏殿)の一角がある。この付近が当時の方広寺の北端だったらしい。今も遺る釣鐘は徳川方から豊臣方に言いがかりをつけたといわれる「国家安康」の梵鐘。 秀吉の死後に子の秀頼が大仏殿の造営を継ぎ、銅鍾銘文の作成を東福寺の文英清韓(ぶんえいせいかん)に依頼した。出来上がった銘文に「国家安康」と「君臣豊楽」の句があり、家康の名を分割し、豊臣家の繁栄を込めた文言だと徳川方は判断したらしい。これがきっかけとなって大坂の陣で豊臣家が滅ぼされたとも考えられている。伏見大地震で倒壊後、実際に大仏建立の継続を秀頼に勧めたのも、畿内各地の寺社修復を進言したのも家康であり、豊臣家の財を疲弊させる狙いがあったとみられている。 銘文作成者の清韓は徳川方に住居を壊され、駿府で陳謝してもなお、大阪夏の陣後に徳川幕府に捕縛されていた。それにしても「国家安康」「君臣豊楽」は個人的にはちょっとあからさまな気も。これらの文言に込めた清韓の真意は何だったのでしょう。
豊国神社(とよくにじんじゃ)
養源院(ようげんいん)
主な参考資料(著者敬称略):『新版古寺巡礼 京都18 妙法院・三十三間堂』淡交社 /『日本第一の大天狗 後白河天皇』美川圭 ミネルヴァ書房 /『京都の歴史を足元からさぐる 洛東の巻』森浩一 学生社 /『古今著門集 上』西尾光一・小林保治/校注 新潮社 /以下、国会図書館デジタルコレクション/『山槐記』中山忠親 / 『玉葉』九条兼実 / 『吾妻鏡』/