文明開化で日本に入ってきたもの一覧表!食べ物や文化など
「文明開化(ぶんめいかいか)」って知っていますか?明治時代の初め、日本は西洋の文化をどんどん取り入れて、新しい暮らしを始めました。たとえば、鉄道が走り始めたり、ガス灯が街を照らすようになったり、牛鍋(ぎゅうなべ)を食べるようになったり…。
文明開化入ってきたもの一覧の後に:失われなかったもの
ここでは、文明開化の波に飲み込まれずに残った日本の文化について解説します。
和食文化の継続!寿司・味噌・醤油は生き残った特に、寿司(すし)、味噌(みそ)、醤油(しょうゆ)といった日本の食文化は、今も変わらず日本の食卓に欠かせないものです。たとえば、牛鍋やカレーライスが広まったときも、醤油や味噌を使って日本人の口に合うようにアレンジされました。
また、和食に欠かせない「米食文化」も、パンやパスタが入ってきても変わることはありませんでした。結果として、日本の洋食は「ご飯に合う料理」として独自の進化を遂げたのです。
これは、今でも「和風パスタ」や「和風ハンバーグ」などの形で私たちの食卓に残っています。
和装と着物文化は消えなかった!和洋折衷の発展文明開化とともに洋服が広まりましたが、着物文化は完全には消えませんでした。
特に、日常生活では和装を続ける人が多く、明治時代でも多くの庶民は着物を着ていました。また、和洋折衷のファッションも生まれ、たとえば「和服にブーツ」「着物に洋風の帯」などのスタイルが流行しました。
日本独自の宗教や信仰は続いた!神社や寺の存続文明開化では、西洋の思想やキリスト教が入ってきましたが、日本独自の神道(しんとう)や仏教は残り続けました。
たとえば、初詣(はつもうで)やお祭り、お盆など、日本の伝統的な行事は今も受け継がれています。これらは文明開化の影響を受けながらも、日本人の心の支えとして根強く残っているのです。
芸能・娯楽の進化!歌舞伎や浮世絵の存続文明開化では、洋楽や西洋劇が入ってきましたが、日本独自の伝統芸能も生き残りました。
特に、歌舞伎(かぶき)は江戸時代から続く日本の舞台芸術で、明治時代以降も多くの人に愛され続けました。また、浮世絵(うきよえ)も、海外に輸出されて「ジャポニズム」として世界中で評価されました。
武士の精神は残った!武道の発展と近代化明治維新によって武士の時代は終わりましたが、武士の精神は日本文化として残りました。
たとえば、剣道(けんどう)、柔道(じゅうどう)、相撲(すもう)などの武道は、武士道の精神を受け継ぎながら近代化されました。明治時代には、柔道が嘉納治五郎(かのうじごろう)によって体系化され、学校教育にも取り入れられました。
総括:文明開化で日本に入ってきたもの一覧まとめ カテゴリー項目交通・通信鉄道(1872年、新橋~横浜間開通) 鉄道馬車(1882年、東京で運行開始) 人力車 蒸気船 電信 郵便制度(1871年開始)建築・都市洋風建築(築地ホテル館、銀座煉瓦街) レンガ建築 ガス灯 擬洋風建築 鹿鳴館 富岡製糸場(官営工場)制度・社会徴兵制度(血税) 学制の施行(1872年) ランドセル 太陽暦(グレゴリオ暦)の採用(1873年1月1日) 平民苗字必称義務令(1875年) 夫婦同姓の法制化(1898年) 新聞・出版(明六雑誌、西洋事情、學問ノスヽメ、西国立志編)服飾文化断髪令(1871年) 廃刀令 軍隊の制服 洋服 こうもり傘 女性の洋装(鹿鳴館の舞踏会、バッスル・スタイル)食文化牛肉(肉食文化の解禁) 牛鍋(すき焼き) パン ビスケット スポンジケーキ クッキー チョコレート キャンディ ゼリービーンズ マシュマロ キャラメル カレーライス ハヤシライス オムライス トンカツ コロッケ ショートケーキ パイ シュークリーム あんパン クリーム入り饅頭 ドロップス コーヒー教育・思想留学生の派遣(津田梅子) お雇い外国人(モース、クラーク) 自由民権運動(天賦人権論、明六社)芸術・文化演劇改良運動 新劇(近代演劇) 開化絵(文明開化を描いた錦絵)美容・生活習慣西洋化された化粧品・メイク 口紅(紅板) 西洋風のスキンケア 近代的な看護制度 西洋式時間制度(24時間制、日曜日の休日)