【渡来人とは】簡単にわかりやすく解説!!時代や渡来人が伝えたもの
「“渡来人”といえば文字通りだよね!簡単!」と思う人がほとんどでしょう。 実際に中学などでは試験に出てもそんなに苦しむ用語ではなかったと思われます。 しかし、その内容を細かく説明できる人はあまり
1万年も続いた縄文時代が終わると弥生時代がはじまりそれまでの暮らしぶりが変わりました。 でもいざどう変わったのかを考えてみると意外に思い浮かばなかったりしますよね。 そこで今回は『弥生時代の暮らしの特徴や卑弥呼』について、わかりやすく解説していきます。 弥生時代ってどんな時代? まず弥生.
この頃、稲作とともに青銅器や鉄器などの金属器も伝えられ、銅剣や銅矛も武器としてだけではなく、銅鏡や銅鐸 ( どうたく ) などのように、祭りの宝物として使われるようになっていったそうです。
②倭の五王 4~5世紀中国では4世紀頃、北魏と宋に分かれる南北朝時代となっており、また朝鮮半島では高句麗 ( こうくり ) ・百済 ( くだら ) ・新羅 ( しらぎ ) で勢力を争っていました。
この頃、大和政権は朝鮮半島へ進出しており、朝鮮半島端の伽耶(かや ) 地域 や百済と組んで、高句麗や新羅と戦ったとの記録が残っています。
有名な高句麗好太王の碑文 ( こうたいおうのひぶん ) ですね。
ちなみにこれは 414 年に好太王(広開土王:こうかいどおう)の功績を称えて建てられたものとのことです。
さらに宋の歴史書「宋書」の中には当時の倭王が倭の王としての地位と朝鮮半島南部での軍事的な指揮権を認めてもらうよう何度も手紙を送ったことが記されています。
この手紙を送った五王 ( 讃さん・珍ちん・済せい・興こう・武ぶ ) の内、武王は雄略天皇のことだともいわれています。
これらの交流を通して、多くの一族が渡来してきたようですが、中でも秦 ( はた ) 氏・東漢 ( やまとのあや ) 氏・西文 ( かわちのふみ ) 氏などが有名です。
③仏教の伝来と飛鳥文化 6世紀そして 552 年 [538 年説もあり ] 百済から大和朝廷に仏像や経典が送られ、仏教が伝えられます。
これをめぐり有力豪族の蘇我氏と物部氏の争いが起こり、結果蘇我氏が強大な力を持つようになるのですが、この仏教や儒学の考えを取り入れた政治が聖徳太子を中心に行われるようになります。
また、 6 世紀末隋が中国を統一することで遣隋使を送り、渡来人による知識の伝播のみでなく、積極的にこちらからも多くの知識を得ようとしていくのです。
【遣隋使とは】簡単にわかりやすく解説!!派遣の目的は?小野妹子・影響など遣隋使(けんずいし)、小野妹子(おののいもこ)……などといった用語は暗記していても、実際にどういった意義があったものなのかは意外と知らないのではないでしょうか。 今回は、『遣隋使』の背景、目的からその結果まで、順を追って簡単にわかりやすく解説していきます。 遣隋使とは (隋の領域 出典:Wik.
この時期には日本で最初の仏教文化である飛鳥文化が栄えますが、そこで有名な法隆寺などの建築物も多くの渡来人の子孫によって造られていったのでした。
④白村江の戦いと朝鮮半島からの撤退 7世紀7世紀の初めに高句麗への攻撃の失敗などが元で隋が滅び、唐が中国を統一すると、唐はさらに朝鮮半島への攻撃を進めていきます。
友好国であった関係で日本からも2万人以上の援軍をおくりますが、 663 年白村江の戦いで敗れてしまいます。
【白村江の戦いとは】簡単にわかりやすく解説!!なぜ起きた?壬申の乱・その後の影響など日本が外国に負けた戦といえばやはり思いつくのが第二次世界大戦です。 しかし、その世界大戦から約1270年前に日本は一回外国の国に負けたことがありました。 今回はそんな『白村江(はくすきのえorはくそんこう)の戦い』について簡単にわかりやすく解説していきます。 白村江の戦いとは? (6世紀ごろ.
渡来人の伝えたもの
◎技術面稲作
農業用ため池を造る技術 ( 灌漑技術 ) ・金属器
◎須恵器(すえき)
馬,馬具 ( 乗馬の技術 ) ・寺院の建築技術など
◎学問・思想面
漢字・儒学・仏教・医学など
有名な渡来人
①秦氏 ( はたし ) ②東漢氏(やまとのあやうじ) ③西文氏(かわちのふみうじ)日本に「論語」を持ち込み、文字を伝えたとされる一族です。
個人的に有名な人も少しあげますと、法隆寺の釈迦三尊像の鞍作止利 ( くらつくりのとり ) も聖徳太子の時代に活躍した渡来系仏師ですし、奈良期に日本へ正しい仏教の戒律を伝えに訪れ、唐招提寺を創った鑑真も勿論渡来してきていますね。
海外事情に詳しいことから、遣隋使や遣唐使の時は渡来系氏族の南渕請安(みなみぶちしょうあん)や高向玄理 ( たかむこのくろまろ ) も活躍しました。
渡来人と帰化人
元々「渡来人」は「帰化人」と呼ばれていたようです。
渡来人のあれこれ
①渡来人はどうやって来たのか?数年前に NH K の番組で実験もしていたようです。
②天皇家と渡来人百済王の息子が日本書紀でいう天智天皇 ( 中大兄皇子 ) であり、天智系が桓武天皇以降繋がっているので…という説もあるようですが、桓武天皇の母親が百済の出身であったというのは確かのようですね。
③大阪を創った渡来人渡来人のその後
そのような流れで、 8 世紀ごろには名字を日本風に変えたりして一見して渡来系と分からなくなり、 9 世紀にはいると渡来系の人と日本本来の人との融合も多くなり、「渡来人」としての扱いは希薄になっていくのです。
まとめ
✔ 「渡来人」とは4~7世紀ごろに大陸から移住してきた人やその子孫のこと。
✔ 弥生時代の始まりは、渡来人からの稲作の伝来に大きく関係している。
✔ 大和政権の朝鮮半島進出や中国への朝貢の影響で多くの渡来人が一族で移住をしてきた。
✔ 土木技術や土器の生産、養蚕や織物の技術など秦氏らによって伝えられ、彼らは朝廷でも非常に重用された。
✔ 朝廷では仏教や儒学に基づく政治も行われ、漢字の伝来により文筆として西文氏なども活躍した。
✔ 仏教と、さらに寺院建築技術も伝わり、日本最初の仏教文化である飛鳥文化が栄えた。
✔ 後に地域に土着し、苗字を変え、渡来人は日本人と融合していくようになった。
✔ 現在も、苗字から渡来系であるか否かを探ることができる。
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- 1 渡来人とは?
- 2 日本への渡来
- 2.1 ①稲作の伝来 紀元前10~紀元後3世紀
- 2.2 ②倭の五王 4~5世紀
- 2.3 ③仏教の伝来と飛鳥文化 6世紀
- 2.4 ④白村江の戦いと朝鮮半島からの撤退 7世紀
- 4.1 ①秦氏(はたし)
- 4.2 ②東漢氏(やまとのあやうじ)
- 4.3 ③西文氏(かわちのふみうじ)
- 6.1 ①渡来人はどうやって来たのか?
- 6.2 ②天皇家と渡来人
- 6.3 ③大阪を創った渡来人
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