森鴎外『山椒大夫』原典『さんせい大夫』との違いも!
『山椒大夫』は、1915年(大正4年)1月、『中央公論』にて発表された森鷗外の短編小説です。中世から近世にかけて、説経節や浄瑠璃などの形で語られてきた安寿と厨子王の伝説に基づく内容です。
わたくしの前に言った類の作品は、誰の小説とも違う。これは小説には、事実を自由に取捨して、纏まりをつけた迹がある習いであるに、あの類の作品にはそれがないからである。(中略)
なぜそうしたかというと、その動機は簡単である。わたくしは史料を調べてみて、その中に窺われる「自然」を尊重する念を発した。そしてそれを猥りに変更するのが厭になった。これが一つである。わたくしはまた現存の人が自家の生活をありのままに書いて好いなら、過去も書いて好いはずだと思った。これが二つである。
森鷗外 , 『高瀬舟』 , 「歴史其儘と歴史離れ」 , 集英社 ,1992,216 ~ 217 頁
わたくしは歴史の「自然」を変更することを嫌って、知らず識らず歴史に縛られた。わたくしはこの縛めの下に喘ぎ苦しんだ。そしてこれを脱せようと思った。(中略)
山椒大夫のような伝説は、書いていく途中で、想像が道草を食って迷子にならぬくらいの程度に筋が立っているというだけで、わたくしの辿っていく糸には人を縛る強さはない。わたくしは伝説そのものをも、あまり精しく探らずに、夢のような物語を夢のように思い浮かべてみた。
森鷗外 , 『高瀬舟』 , 「歴史其儘と歴史離れ」 , 集英社 ,1992,218 頁
まだ弟篤次郎の生きていたころ、わたくしは種々の流派の短い語物を集めてみたことがある。その中に粟の鳥を逐う女の事があった。わたくしはそれを一幕物に書きたいと弟に言った。弟はできたら成田屋にさせると言った。まだ団十郎も生きていたのである。
粟の鳥を逐う女の事は、山椒大夫伝説の一節である。わたくしは昔手に取ったまでで棄てた一幕物の企てを、今単篇小説に蘇らせようと思い立った。
森鷗外 , 『高瀬舟』 , 「歴史其儘と歴史離れ」 , 集英社 ,1992,218 頁
篤次郎は 1908 年(明治 41 年)に病死しており、また、文中にある団十郎(=九代目市川団十郎)も 1903 年に亡くなっていることから、『山椒大夫』の題材は、少なくとも十二年以上前から、鷗外の中にあったということが分かります。
「さんせう太夫」との相違『山椒大夫』―感想
夢のような物語を夢のように思い浮かべるもう一つは、安寿は生き永らえて、厨子王と共に母親と再会 END を迎えていました。
・(絵)堀泰明 , (文)森忠明 , 『安寿と厨子王』 , 「京の絵本」刊行委員会 ,1994 ・(絵)須藤重 , (文)千葉幹夫 , 『安寿姫と厨子王丸』 , 講談社 ,2002
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