「ヘビが怖い!」の恐怖心が霊長類の進化に大きく関わっていた
ヒトに限らず、大概の哺乳類はヘビを怖がる。日本列島最強の哺乳類・ヒグマも、ベルトのようなひも状のものを投げつけると退散することがあるという。われわれはなぜそんなにヘビが怖いのか。その恐怖の根本には、哺乳類がまだひ弱だった頃の記憶があるらしい……。
ヒトに限らず、大概の哺乳類はヘビを怖がる。日本列島最強の哺乳類・ヒグマも、ベルトのようなひも状のものを投げつけると退散することがあるという。 なぜ、ヒトはそんなにヘビを怖がるのか? それが知りたくて、海仁さんは、北関東の静かな町、群馬県太田市へ出かけ、世界中から集められた珍しい毒蛇、大蛇に囲まれてみた。 コブラに毒液を吹きかけられ、ヘビ料理に舌鼓を打ちながら、調べてみると、その恐怖の根本には、われわれ哺乳類がまだひ弱だった頃の記憶があるらしい……。
日本で唯一のヘビ専門研究所
ジャパンスネークセンターは、群馬県太田市の 藪塚温泉 街に隣接する丘陵地にある。文科省管轄のれっきとした研究所なのに、入口にある手作りのヘビの絵や年季を感じさせる建物がいかにもB級っぽい。好きだなあ、こういう雰囲気。
運営団体は 「日本蛇族学術研究所」 、通称「へび研」だ。日本で唯一のヘビ専門の研究所であり、毒ヘビに噛まれたときの血清の開発や治療法の研究もしているという。約100種800匹のヘビを飼育し、そのうちの60〜70種を展示している。
毒ヘビにもリスクはある
「よく聞かれるんですが、そうとも限りません。 毒ヘビには2つのリスクがある んですよ」
ひとつは 相手を噛んでもすぐに死なない ことだという。
もうひとつは 毒が効かない場合がある こと。ヘビを食べる動物には毒に耐性を持つ種類がいるという。こうなると毒が頼みの毒ヘビとしてはまったくお手上げだ。あ、そもそも手はないか。
「毒ヘビには筋肉があまり発達していないものが多い。ですから、毒ありと毒なしでは攻撃パターンが全然違っていて、 必ずしも毒ヘビのほうが有利とは言い切れない んですよ」
そう聞いて、「毒蛇温室」でわずかながら展示されている無毒のシロヘビ(アオダイショウのアルビノ)とアメジストニシキヘビを見てみると、確かに体にぷりっとした張りがあって筋肉質っぽかった。 無毒のヘビはマッチョ派 なのだ。
毒をもつクサリヘビ科。顔は禍々しいが、身体はスマート 無毒のボア科。獲物を絞め殺すため、極太の巨体をもつヘビが繁栄したのは、哺乳類をエサにしたおかげ
ヘビとトカゲのいちばんの違いは、 脳の保護と獲物の「丸飲み」 だという。
トカゲの脳の保護はいい加減で、上アゴと下アゴが固定されていて、獲物を噛みちぎれる。対して、ヘビの脳は骨でしっかり包まれていて、アゴをかなり自由に動かせるが、獲物は噛みちぎれない。どういうことかというと、ヘビの骨格は獲物の丸飲みに適した造りになっているのである。これがヘビの一番の特徴で、おそらく 小型の哺乳類を丸飲みするところから進化が始まった からだろうとのこと。
状況を一変させたのは 約6500万年前に起きた小惑星の衝突 である。この大惨事を境に(鳥以外の)恐竜は絶滅し、地球はいったん冷えて爬虫類から哺乳類の時代に突入する。
爬虫類のヘビもそのあおりを食らいそうなものだが、しかし、 小型哺乳類を餌にしていたことが幸いした 。現在、哺乳類の数は4000種強。そのうちの半数以上がネズミ目で、約4分の1がコウモリ目だ。すなわち、大半が小型種ということ。ヘビにとっていまはまさにおいしい状況である。
興味深いことに、 ヘビが霊長類の進化に大きな影響を与えた という非常に面白い話もある。
他の哺乳類と比べると、 霊長類は視覚が優れ、脳が大きいという特徴がある 。その理由として、従来は霊長類が“手近な果物や昆虫など”に手を伸ばしてつかんできたためと言われていた。
そこでカリフォルニア大学のイズベル教授が、 霊長類のこのような特徴は、“視野の下のほうをゆっくりと這うヘビ”をいち早く発見し、身を守るために進化した という仮説を発表した。
なかでもぼくが個人的に一番興味を持ったのは、蠢(うごめ)く菱形のパターンや、やはりくねくねと動く竿状のもの(まるっきりヘビだ!)に反応する細胞が哺乳類の脳にあり、それが脳の “恐怖モジュール” と密接に結びついているという点である。
恐怖モジュールは、 捕食者から逃れるために初期の哺乳類が発達させたシステム で、これが発動すると、瞳孔が拡大し、心拍数が上がり、さらには脳へのエネルギーの供給が一気に増える。いわば厳戒態勢だ。
この仮説によれば、 ヘビへの恐怖はあらかじめ霊長類の脳内にセットされている わけで、生理的なヘビ嫌いにはこんな裏付けがあるのかもしれない。
名物マムシ料理の味やいかに?
ハブの採毒。牙から黄色い毒液が滴る続いて毒噴きだ。主演は アカドクフキコブラ 。クサリヘビ科のハブに比べると、やっぱり顔がかわいいな。そう思ってガラス越しに顔をのぞき込んだら、すかさず毒を噴かれた。しかも、 目の位置に正確に毒液が飛んでくる 。ひぇ〜。 完璧な顔認識機能 である。コブラが毒を噴くのは防御のためで、毒が相手の目に入ってもだえ苦しんでいる間に逃げるのだそうだ。
毒液を噴くアカドクフキコブラ マムシのフルコース。左側の丸っこいのが卵ヘビ料理だけにちょっとヘビーかな? 手も足も出ない? 蛇足でしたか……。