HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう
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HISTRIP(ヒストリップ)|歴史的建造物に泊まろう 赤い鳥居をくぐると、少し小さい白い鳥居が見えます。上には「田出宇賀大明神」と書いてあり、田出宇賀神社 そして、左側に田出宇賀神社があります。 田島は、北は会津若松城下へ40キロ、南は栃木の今市宿へ100キロの会津西街道で宿場町として栄えた南会津町の中心地です。

赤い鳥居をくぐると、少し小さい白い鳥居が見えます。上には「田出宇賀大明神」と書いてあり、田出宇賀神社 そして、左側に田出宇賀神社があります。 田島は、北は会津若松城下へ40キロ、南は栃木の今市宿へ100キロの会津西街道で宿場町として栄えた南会津町の中心地です。 そんなこの地で始まった会津田島祇園祭は、鎌倉時代の1185年頃(文治年間)に当時領主であった長沼宗政が祇園の神(牛頭天王須佐之男命)を信仰し、旧来の田島鎮守の田出宇賀神社の祭りと共に行ったことが起源と言われています。

いつでも祭を知れる 会津田島祇園会館で展示と資料から読み解く

展示コーナーの入り口を入って一番最初に見えるのは、七行器(ななほかい)行列の等身大人形。 7月23日の朝に行われるもので、前から3人が御神酒、3人が赤飯、1人が鯖を運んでいて7つの器を持つことから七行器行列と呼ばれています。 ここでは、その年のお党屋本から田出宇賀神社へとこれらのお供え物を献上します。お党屋本は初め23軒ありましたが、現在では9軒まで減ってしまいました。 巫女が最高の盛装である花嫁姿で歩くことから花嫁行列とも呼ばれています。

屋台コーナーでは祭の際に登場する4台の屋台の特徴的な部分を取り入れて造られた屋台が展示されています。 屋台の一番前は、一度廃止され1994年に約120年ぶりに再び復活した子供歌舞伎の様子が示されています。パネル、人形、台本を見ることで、昔から伝統として続く子供歌舞伎を残したいという町の人の想いが復活まで導いたことを感じることができました。 祭の際、屋台は特定の家の前で静止して歌舞伎を一幕ずつ演じながら進みます。

所在地 : 福島県南会津郡南会津町田島字大坪30-1 http://gionkaikan.biz-web.jp

南会津で格納庫に保管されている屋台を巡る〜けんか祭りの由来〜

会津鉄道「会津田島駅」から南に徒歩約5分。 会津田島祇園祭では日光街道(国道121号線)に沿って、西屋台、上屋台、中屋台、本屋台の全4台の屋台が通ります。 これらの屋台には通ることのできる区間がそれぞれ決められていて、その中を往復します。 昔はその区間を超えると相手の屋台に自分の屋台をぶつけ、壊しあったことから、会津田島祇園祭は「けんか祭り」とも呼ばれています。 4台の屋台は祭の時以外はそれぞれの格納庫に入れてあり、今回は本屋台、中屋台、上屋台の3つを見て回りました。 まずは本屋台。

屋台と屋台の間には、田島陣屋跡があります。 南会津は1643年に江戸幕府直轄領となり、南山御蔵入(みなみやまおくらいり)と呼ばれました。 1688年から1704年までの元禄年間の間に代官の住居及び役所である陣屋が田島に置かれ、会津西街道の中心となりました。 役場庁舎の西側に田島陣屋、東側に中町陣屋、中町不動様わきに後町陣屋、と田島陣屋の位置は3度変わっています。

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