白山神社(はくさんじんじゃ)と白山神社古墳(はくさんじんじゃこふん)
地域を代表する郷社。祭礼は毎年9月の最終日曜日。神楽やお菓子投げで賑わいます。
【旧社格】郷社 【祭神】 ・大友皇子(おおともおうじ)⇒弘文天皇 または伊賀皇子(648年~672年) 天智天皇の第一皇子。母は伊賀采女宅子娘(いがのうねめ・やかこのいらつめ)。 ・菊理比売神(くくりひめのかみ) 【祭礼】毎年9月の最終日曜日 俵田駅周辺から白山神社を過ぎ、西原へ行き、西原の神楽とともに白山神社へ向かい、他の地区も白山神社へ集まります。境内の舞台では獅子舞が奉納されます。獅子舞終了後には、餅やお菓子投げが行われ大変賑わいます。 君津市ホームページ「白山神社の例祭」 【ご朱印】不明 ※神主は非常駐のため、千葉県神社庁にお問合せください。 【由緒沿革】
ウィキペデイアより抜粋飛鳥時代の天武天皇十三年(684年)に勅使が下向し社殿を造営、皇子を祀り田原神と称した伝わります。 拝殿には、江戸時代中期の神祇伯・雅寿王の文政十二年(1829年)「田原神社」の額があります。 明治維新後に社名を「白山神社」と改め、明治六年(1873年)に郷社に列せられました。
房総の古社より抜粋 君津市史 通史編境内案内
一の鳥居 入口の石碑 二の鳥居 常夜灯 手水舎/手水石 随神門(ずいしんもん) 常夜灯 狛犬 寄せ宮 拝殿 本殿現に近代社格の最高位の官幣大社である館山市大神宮の安房神社は千木が内削ぎ、鰹木が7本で奇数なので、上の説にあてはめると男神と女神が混在しています。 ちなみに安房神社の主祭神は天太玉命 (アメノフトダマノミコト)なので男神です。
白山神社古墳について
【白山神社古墳の実測図】 境内の案内板より千葉県指定史跡 指定年月日昭和五十六年三月十三日指定 この古墳は、小櫃川中流域に臨む舌状の台地上にあり、全長88m、後円部の高さ約10mの前方後円墳です。墳丘は後円部中央にくぼみがありますが、神社の社林として保護され、旧態をよく残しています。
古墳の前後には陪冢(ばいちょう)(注1)があり、明治三十一年(1898年)にはそのうちの数基が発掘され、古鏡(獣形鏡)、直刀、鉄鏃(てつぞく)(注2)等が出土したと伝えられます。
この付近には古代馬来田国造(うまくたのくにのみやこ)(注3)が置かれたといわれていることから、主墳であるこの古墳はその関係者の有力者の古墳ではないかとみられています。本古墳は、当地域を知る上で重要な古墳です。 千葉県教育委員会 君津市教育委員会
注1 陪冢とは:小型の古墳または、埋葬品や臣下を埋葬するための古墳 注2 鉄鏃とは:石鏃に代わって用いられるようになった鉄製の鏃(やじり) 注3 馬来田国造とは(Wikipedliaより抜粋)茨城国造の祖である建許呂命の子・深河意弥命が支配した国造(地方を治める官職の一種)。 支配地域は当時馬来田国と呼ばれ、現在の袖ヶ浦市全域、木更津市の大部分、君津市と鴨川市の一部。
房総の古社より抜粋詳細情報
名称 白山神社/白山神社古墳 住所 〒292-0455 千葉県君津市俵田1452 お問い合わせ先 ホームページ 定休日 駐車場 アクセス 電車:JR久留里線「久留里駅」より約550m 徒歩約7分 車:首都圏中央連絡道路自動車道「木更津東IC」より約7.8km 車で約12分 このページをご覧になった方はこんなページもご覧になっています 大宮神社【君津市の古社】 大宮賣神社【君津市大山野】 諏訪神社【君津市大井戸】 空蔵院【君津市南子安の寺院】 神明神社【久留里の小さな神社】 三島神社【君津市宿原】 諏訪神社【君津市清和市場】 糸川神社【君津市糸川の鳥居が目立つ神社】©房総タウン.com All rights reserved.