【人物】「武将:伊達政宗」|小学3~6年生向け自主学習ノート
「武将:伊達政宗」について小学生にわかりやすく解説します。自学ノートや無料プリントを紹介。家庭学習や通信教育の補助教材として使え、意味や由来の理解やテスト対策にも役立ちます。自主学習ノートの書き方例も掲載しています。
伊達政宗は、18歳で伊達家の 当主 とうしゅ となり、 豊臣秀吉 とよとみひでよし や 徳川家康 とくがわいえやす などとも関係性を 築 きず き、 仙台藩 せんだいはん (現在の宮城県)の初代 藩主 はんしゅ となった人物です。 東北の 繁栄 はんえい に力を 尽 つく すとともに、 支倉常長 はせくらつねなが をメキシコやヨーロッパに 派遣 はけん するなど広い 視野 しや をもった大名でした。
生まれ出羽 でわ (現在の山形県)に生まれる。 戦国大名である伊達 輝宗 てるむね の子
子どものころの政宗幼い時に 天然痘 てんねんとう という 伝染病 でんせんびょう にかかり、右目の 視力 しりょく を失ってしまいます。そのため、母親にはあまり 可愛 かわい がられなかったという話が残っています。 また、片目を失ったことにより、「 独眼竜 どくがんりゅう 」と呼ばれるようになりました。
主な 出来事 できごと政宗は、18歳で、伊達家の当主となります。その後、周辺の大名たちとの戦いに勝利し、24歳のときには、 奥州 おうしゅう (東北地方)の3分の1を支配するようになります。
1590年以降は、当時最も力が強かった豊臣秀吉の 勢力 せいりょく に加わります。政宗は、秀吉が当時対立をしていた 北条氏 ほうじょうし を攻める際に遅れて戦場に 到着 とうちゃく しました。このことに秀吉は 激怒 げきど し、 裁 さば きを受けることになります。政宗は死刑になりそうになりますが、 巧 たく みな 弁明 べんめい で命をつなぎます。
秀吉の死後は徳川家康につき、江戸時代には仙台 藩 はん (宮城県)の初代 藩主 はんしゅ となります。。東北の 繁栄 はんえい に 尽力 じんりょく するとともに、ヨーロッパとの貿易を考え、 支倉常長 はせくらつねなが を 派遣 はけん しました。