. 【名月を取ってくれろと泣く子かな】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!
【名月を取ってくれろと泣く子かな】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!
【名月を取ってくれろと泣く子かな】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

【名月を取ってくれろと泣く子かな】俳句の季語や意味・表現技法・鑑賞文・作者など徹底解説!!

江戸の三大俳人として「松尾芭蕉」「与謝蕪村」と並び称される「小林一茶」。 一茶が吟じたものは、子供やかえる・すずめなど小さな生き物を句材にしたものが多く、ほのぼのとした優しい印象を受けます。 今

五七五のわずか17音で綴られた物語「俳句」。 小林一茶は「子ども」や「すずめ」「かえる」などの小動物をテーマにした俳句が多いことで有名な俳人です。 皆さま、おはようございます。 1763年の今日(旧暦5月5日)は江戸時代の俳人・小林一茶さんのお誕生日とされているの。「やせ蛙まけるな一茶これにあ.

季語

この句に含まれている季語は 名月」 で、季節は 「秋」 を表します。

名月とは、 旧暦の八月十五日(新暦九月十五日)の晩に出る月 を意味します。この頃は空が澄み渡り、月がことさら美しく輝くことから、「中秋の名月」と呼ばれています。

意味

こちらの句を 現代語訳 すると・・・

「背中に背負われた幼子が、十五夜の月を指し「とってちょうだい」とねだり、泣いていることだ。」

この句が詠まれた背景

この句は一茶が 57 歳の頃、溺愛していた「さと女」を背負い、月見をしていた折の句 です。

【風車をほしがるので与えると、すぐさましゃぶり捨て、ほかの事に興味を移す。そこらの茶碗を割ってはそれもすぐ飽きて、障子の紙をめくりだす。「よくやった」と一茶が褒めれば真に受けて、ケラケラと笑いひたすらむしる。】

しかし、 一茶は赤子のうちに次々と我が子を失っています。

54歳で初めての子供「千太郎」を得ますが、生後約一ヶ月で亡くしています。 56 歳で生まれこの句に詠まれた「さと女」も、約一年後に死亡し、 58 歳のときには「石太郎」もこの世を去りました。

「名月を取ってくれろと泣く子かな」の表現技法

「泣く子かな」の切れ字「かな」

「泣く子かな」には、 詠嘆を表す切れ字の「かな」 が使われています。

切れ字とは「かな・けり・や」などの語で、強調や余韻を表す効果があります。また意味の切れ目をつくり、 作者の感動の中心 を表します。

「名月を取ってくれろと泣く子かな」の鑑賞文

「お父さん、あの綺麗なお月様をとってちょうだいよ!」とねだる 素直な子供心が、なんともほほえましい一句 です。

それでもさらに泣いて駄々をこねる我が子に戸惑いながらも、 愛おしく感じる親心 が詠みこまれています。一茶の我が子への優しく暖かなまなざしが目に浮かんでくるようです。

また名月の素晴らしさを一茶自身の心情で詠みこむのではなく、 間接的に子供の目線で捉えている点 にも注目です。

「名月を取ってくれろと泣く子かな」の補足情報

「名月を」の句の制作過程

この句は『おらが春』に掲載された形になるまで、 いくつか推敲された俳句や類似の俳句が作られています。

「名月を にぎにぎしたる 赤子哉」(文化7年)

「稲妻を とらへたがる 赤子哉」(文化9年)

「あの月を 取ってくれろと 泣く子哉」(文化10年)

『おらが春』でさと女のことを詠んだと言われていますが、これらの句の初披露の時期を見てもわかるとおり、実際は第 1 子が産まれた 文化13年よりも前 に作られています。

「赤子」から「泣く子」へ

「泣く子と地頭には勝てぬ」という、 道理のつうじない例え があります。

これは広く人口に膾炙していたことわざですが、現在確認できる最も古い出典は 1786 年に成立した『譬喩尽(たとえづくし)』という本です。

一茶が赤子の句を読んだ文化 7 年はこの本が出版されてから 25 年ほど経っていたため、 この『譬喩尽』を知っていたかもしれません。

11 人の子供たちの俳句

『おらが春』で「名月を」の句が出てくるのは、 さと女が元気に遊び回っている描写が出てくる場面 です。

ここで一茶は、「よりより思ひ寄せたる小児をも、遊ひ連にもと爰(ここ)に集ぬ。」(色々と思いを寄せた子供たちを、さと女の遊び相手にしたいなとここに集めた)という形で 11 個の俳句を作っています。

「名月を」の俳句は、 この中の1つとして登場している のです。

上述の俳句の推敲の経緯を含め、「名月や」はこの句の中にあるため、 さと女が実際に「月が欲しい」という行動を取ったかはわからない のです。

作者「小林一茶」の生涯を簡単にご紹介!

小林一茶( 1763-1827 年)は 江戸を代表する俳人の一人 です。本名を小林弥太郎といい、信濃国(現在の長野県)に生まれました。

わずか 3 歳で生母を亡くし、父の再婚で迎えた継母とは折り合いが悪く、その後唯一の味方であった祖母も亡くしています。

家での居場所をなくした一茶は、 15 歳の頃に長男にもかかわらず江戸へ奉公に出されました。

そして奉公先で俳諧の世界に目覚め、 二六庵小林竹阿や今日庵森田元夢らに師事して俳句を学びます。

29歳の頃 14 年ぶりに故郷に帰った一茶は、倒れた父親の最後を看取ります。父は財産を一茶と弟達で二分するよう遺言を残しますが、継母たちが反対したため遺産相続争いは 12 年もの間続きました。

その後、継母たちと和解し郷里に帰住した一茶は、 52 歳にして初婚を迎えます。生涯三度結婚し子供を 5 人授かりますが、最後に生まれた娘を除き、 全て幼いうちになくなっています。

65歳のときには家が焼失し、火事を免れた土蔵で暮らしますが、持病の発作により 65 歳の生涯を閉じました。

母の死に始まり、長年にわたる遺産相続争いや妻子を相次いで亡くすなど、生涯を通して 不遇ともいえる人生 を送っています。

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  • 1 「名月を取ってくれろと泣く子かな」の季語や意味・詠まれた背景
    • 1.1 季語
    • 1.2 意味
    • 1.3 この句が詠まれた背景
    • 2.1 「泣く子かな」の切れ字「かな」
    • 4.1 「名月を」の句の制作過程
    • 4.2 「赤子」から「泣く子」へ
    • 4.3 11人の子供たちの俳句

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