放射線リスクと放射線リスクコミュニケーション(三)
誰でも簡単に使える放射線検知器が完成し、R−DANが発足したのは、チェルノブイリ原発事故後の1986年8月6日。以降、原発周辺の放射線を監視し、原発事故が起きたときに、放射線から身を守るための市民のネットワークとして活動を続けています。 放射線リスクと放射線リスクコミュニケーション(三)
目次 放射線の人体への影響のしくみ (放射線の直接作用と間接作用②( 放射線によって生成したフリーラジカルが生体を傷つけ.る頻度が高い放射線の間接作用) 放射線障害の確定的影響( 100mSv以上の被曝で発ガンとの間に明確な相関関係を示す確定的影響) 放射線の胎児への影響 (子宮内被曝後の生涯がんリスクは上昇する) 放射線障害の確率的影響 ( 低線量放射線の影響については、影響があると考えておいた方が安全とするLNT仮説を過小評価するのは危険) 原爆被爆者における固形ガンリスク (明らかなしきい値 : それ以下の線量では影響が見られない線量のこと)は観察されていない) 原爆被爆者二世における染色体異常 (現在、 放射線の遺伝的影響は有為に認められていないが、この問題に関しては、将来の課題)
放射線の直接作用 生体での化学結合を担っている電子に放射線のエネルギーが与えられ、電離がおきると、化学結合が不安定になったり切断されたりします。それによって、分子の持つ化学的な性質が変化したり機能が失われたりします。生体では細胞の核にある DNAが遺伝情報を担い、生体の活動に必要なタンパク質を合成する際の鋳型になっていますが、放射線によって DNA が損傷すると、場合によっては細胞の健全な活動が阻害され、細胞死や発がんなどの生体影響が引き起こされる可能性があります。このように、放射線が直接DNA分子に作用してDNAを傷つけることを直接作用といいます。
放射線の間接作用 放射線がDNA付近の生体を構成する水等の分子と反応して、種々の活性イオン、ラジカル等をつくります。この活性物質がDNAを傷つけます。 この過程を放射線の間接作用といいます。放射線の生体作用の多くが放射線の間接作用によって発生するラジカルの作用です。生体(細胞)は水が80%を占めるため、放射線の作用は、生成したラジカル等が生体内成分に障害を引き起こす間接作用が中心となります。X線、γ線、β線では間接作用の割合が直接作用よりも大きくなり、直接作用と間接作用の比はおよそ1:2くらいです。
放射線による間接作用は、放射線以外の原因で細胞内で発生しているラジカルと同じ作用ですが、生体の中で日常的にできるラジカルは酵素反応のあるところだけにできます。これに対して放射線の間接作用によるラジカルは細胞内の至る所で発生します。また、損傷の数は同じでも、傷が分散しているより居所的に集中している方が、細胞への影響が大きいのではないかという説があり、その結果、遺伝子の突然変異が起きる可能性もあります。
参考 : 原子力機構・先端基礎研究センター http://asrc.jaea.go.jp/soshiki/gr/yokoya-gr/mysite5/index.html 低線量被曝のサイエンス http://www.bio-function.co.jp/LD/LDFRONT.html
放射線障害の中には、明らかに障害と受けた放射線量との間に科学的証拠を発見できるものがあり、それを放射線障害の確定的影響といいます。本来、放射線障害の影響は個人差が大きいといわれていますが、被曝した放射線量が大きい場合は個人差はほとんと見られなくなります。
0.1Gy(グレイ)= 0.1 Sv(シーベルト)=100mSv(ミリシーベルト)以上の被曝 広島、長崎の原爆被爆者を対象にした研究から、100mSv以上の被曝で発ガンとの間に明確な相関関係があることが明らかになっています。100mSv被曝で致死ガン発症確率(被曝によってガンで死ぬ確率)が0.5%で、200人に1人の割合です。
1Gy=1Sv以上の被曝 一部の人に悪心、嘔吐、全身倦怠などの二日酔いに似た放射線宿酔という症状が現れる。
人体の内部では身体のあちこちで細胞が死を迎えて続けている状態です。広島原爆の後、生存者たちが「ぶらぶら病」と呼ばれる病気にかかった。医学的にはどこも悪くないのに常に全身倦 怠に襲われて働くことが出来ず、いつもぶらぶらしていることからつけられた名称です。当時、こうした人たちは怠け者とみなされましたが、実際 には放射線障害の状態だったと思われます。
1.5Gy=1.5Sv以上の被曝 最も感受性の高い造血細胞(骨髄)が影響を受け、白血球と血小板の供給が途絶えます。大量出血して免疫力が低下し、重症の場合は30日から60日程度で死亡します。
5GY=5Sv以上の被曝 小腸内の幹細胞が死滅し、吸収細胞の供給が途絶します。細胞の再生力が奪われて、人体が免疫力や抵抗力を破壊され、このため吸収力低下による下痢や細菌感染が発生し、重症の場合は20日以内に死亡します。
15Gy=15Sv以上の被曝 中枢神経に影響があらわれ、ほとんどの被曝者は5日以内に死亡します。
身体の臓器・細胞の放射線感受性
- 細胞分裂の盛んな組織ほど感受性が高い
- 将来行う細胞分裂の数が多いほど感受性が高い
- 形態・機能が未分化なほど感受性が高い
といわれています。この法則はベルゴニー・トリボンドーの法則と呼ばれています。 分裂が盛んなリンパ組織、造血組織(骨髄)、睾丸、卵巣、腸は放射線感受性が最も高く、一方、細胞分裂のない筋肉や神経は放射線感受性が低いといわれています。
ICRPでは放射線の生体への影響では、防護の立場から安全サイドに立って、がんの確率が放射線量に比例すると仮定する「直線しきい値なし仮説」を採用しています。つまり、これよりも少ない放射線だったら絶対にがんは発生しないという線量は存在しないと考えて防護すべきだということです。また、ICRPは、子宮内被曝後の発がんリスクに関するデータの検討から、すべてのタイプの小児がんが増加し、子宮内被曝後の放射線誘発固形がんのリスクには特段の不確実性が存在し、子宮内被曝後の生涯がんリスクは、小児期早期の被曝後のリスクと同様に最大で集団全体のリスクのおよそ3倍と仮定することしています。(ICRP2007年勧告)
妊産婦(胎児)に対する放射線影響に関する主な知見の整理
- 胎児が被曝すると白血病が低線量で急激に増加、高線量では下降
- ギリシャの症例では平均2mSv/年の胎内被曝で白血病が2.6倍
- 胎児の甲状腺機能が開始する時期は12周~14週で、その時期の被曝が甲状腺ガンを増やす。(80%以上がヨウ素の内部被曝由来)
- 器官形成期(受精後2~15週)の奇形を発生させるリスクのしきい値は年に50mSv
- 小頭症やIQ低下、精神遅滞その他については低線量での発現はない
- 受胎前の被曝の影響はない
「子宮内の胎児が 10 mGyの放射線線量を受けると、小児癌のリスクは結果として増加することが結論付けられた。このレベルの被爆における過度の絶対リスク係数は 1 Gy あたり6%であるが、このリスク係数の正確な値には不確実性が残る。」 食品安全委員会 低線量に関する知見の整理より抜粋
参考 : 第6回 放射性物質の食品健康影響評価に関するワーキンググループ http://www.fsc.go.jp/fsciis/meetingMaterial/show/kai20110630so1
放射線の確率的影響は主に発ガンを指します。わずかな量でも放射線を受ければ、その量に応じて発ガンの確率が増すとされています。これ以下の量ならば大丈夫という境目=しきい値はありません。
発ガンを中心とする確率的影響ついては、1個の細胞に生じたDNAの傷が原因となってガンが起こりうるという考えに基づいて、ガンの発生確率は被曝線量に比例するとされています。以上の事から、広島・長崎の原爆被爆者を対象としたデータからは、100ミリシーベルト程度よりも低い線量では発がんリスクの有意な上昇はないとはいえ、これよりも低い線量域で、発ガンリスクを否定することはできないということです。このように低線量被曝について、放射線防護の立場からリスクを推定するために導入されたのがLNT仮説です。低線量放射線の影響についてはよくわからないが、影響があると考えておいた方が安全側だという考え方に基づいたものです。
LNT仮説の科学的基盤
米国科学アカデミーの報告 米国科学アカデミーの電離性放射線の生物影響に関する委員会(Committees on the Biological Effects of Ionizing Radiation、BEIR)が、低線量放射線の健康リスクに関する報告書を発表しました。この報告書は新聞報道等でも取り上げられ、東京新聞では、「放射線被曝は低線量でも発がんリスクがあり、職業上の被曝限度である5年間で100ミリシーベルト(mSv)の被ばくでも約1%の人が放射線に起因するがんになる」と紹介されました。 (BEIR報告書)
世界保健機関の論文 WHO(世界保健機関)に設置されているIARC(国際がん研究機関)は、15ヶ国の原子力発電所等放射線作業者における外部放射線被曝健康影響についての疫学解析結果をBritish Medical Journal (BMJ)誌上に論文発表しました。この論文の内容は新聞等で報道され、読売新聞では、「国際基準で許容される上限(5年間で100mSv)で被曝した場合、がんによる死亡率が約10%増加すると推計できることが分かった」と紹介されました。
「 影響の有無がわからない」ことと「影響が無い」ことは別 原爆被爆者の放射線に起因すると考えられる白血病以外のがん(固形がん)リスクの増加は、被爆の約10年後に始まり、がん死亡率の継続的調査が開始されました。1958年から1998年の間の寿命調査(LSS)集団の中で被曝線量が0.005 Gy以上の44,635人中、7,851人に白血病以外のがん(同一人に複数のがんを生じた場合は、最初のもののみ)が見いだされ、過剰症例は848例(10.7%)と推定されています。明らかなしきい値(それ以下の線量では影響が見られない線量のこと)は観察されていません。
放影研による寿命調査の概要 昭和25年の国勢調査資料に基づいて広島市及び長崎市在住の原爆被爆者(近距離、遠距離)および非被爆者から成る約12万人の コホート (固定された調査集団)を設定し、被爆者の寿命や死因を非被爆対照群のそれらと比較するために 疫学調査 を行っています。このような40年近いコホート調査の解析結果から数種のガンの死亡が放射線によりはっきりと増加することが示されました。なかでも白血病死亡率はすべてのガンの中で最も高く、1Gy被曝すると対照群に比べ約5倍高くなっています 。ついで 多発性骨髄腫 の約3倍、乳ガン、泌尿器ガンが2倍、消化器系のガンと 肺ガン が約1.5倍です。現在まで全く増加のみられないのは、慢性リンパ球性白血病、 骨肉腫です。
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