陣ヶ岡/蜂神社
陣ヶ岡/蜂神社

陣ヶ岡/蜂神社

《岩手県紫波町:じんがおか/はちじんじゃ》日本武尊から戦国大名の南部氏まで、各時代の名将が陣を張った伝説の地。特に源頼義・義家父子にまつわる伝承を中心に紹介する。

蝦夷討伐のため、日本武尊が宿営。この地で妻の美夜受比売(宮簀姫)が産気付いて皇子が生まれるが、結局3日目に亡くなったので墓を築いた。これが当地にある王子森古墳とされる。 斉明天皇5年(659年)、蝦夷討伐に赴いた阿倍比羅夫が宿営。 天応元年(781年)、蝦夷討伐に赴いた道嶋嶋足が宿営。 延暦20年(801年)より蝦夷征討に赴いた坂上田村麻呂が宿営。 康平5年(1062年)、前九年の役の終戦時に、源頼義・義家親子が本陣として宿営。その後、後三年の役の時期にかけて数々の遺構を残す。 文治5年(1189年)、奥州藤原氏討伐のために出陣した源頼朝が本陣として宿営。 天正16年(1588年)、南部信直が高水寺城の斯波氏を攻める時に本陣とした。 天正19年(1591年)、九戸政実の乱を鎮圧するために出陣した蒲生氏郷が宿営したとされる。

<用語解説> ◆日本武尊 第12代景行天皇の次男。父の命により西の熊襲征伐を終えると、続けて東の蝦夷征伐に向かう。『日本書紀』では陸奥まで遠征をおこなったとされる(『古事記』では筑波までとされる)。陣ヶ岡の伝承は、東征の最北地点と目されている。なおこの地で皇子を生んだとされる宮簀姫は、東征を始めるに当たって尾張国で結婚の約束をし、東征を終えた後に夫婦となっており、実際には東征に随行していないことになっている。

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