余が社会主義
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三二、 問、これは証人が書いた原稿か、 このとき同号の一九九を示す、
答、左様です。
三三、 問、如何なる趣意であるか、
答、私は真宗大谷派の僧侶です。それで南無阿弥陀仏の信力により心霊の平等を得、これによって社会主義者のいわゆる平等の域に達せんとして、議論を書いたものです。
三四、 問、それでは、証人もやはり終局目的においては社会主義と同様のことを言うのか、
答、左様です、もっとも私は宗教によってその目的を達せんとするのでであります、
〔第六冊(6/28)調書〕 ※原文は漢字カタカナ交じり文。カタカナをひらがなに改め、一部、漢字をひらがなに改めている箇所もあります。
大逆事件証拠物写 四三押第一号一九九 (余ガ社会主義ト題スル論文)
余が社会主義
緒言 本論○御消息集四丁の右 上略 詮じ候うところは御身にかぎらず念仏申さん人々は、我が御身の料は思し召さずとも、朝家の御ため国民のために念仏を申し合せたまい候わば、めでとう候うべし。往生を不定に思し召さん人は、まず我が身の往生を思し召して御念仏候うべし。我が身の往生一定と思し召さん人は、仏の御恩を思し召さんに、御報恩のため御念仏こころに入れて申して、世の中安穏なれ、仏法ひろまれ、と思し召すべしとぞ覚え候う」以上。
底本:大東仁『大逆の僧 高木顕明の真実 真宗僧侶と大逆事件』風媒社、資料編
大逆事件記録刊行会『大逆事件記録第二巻 証拠物写』世界文庫 1964(昭和39)年5月30日発行
高木顕明(たかぎ けんみょう:1864-1914)
真宗大谷派の僧侶。和歌山県新宮市の浄泉寺12代住職。 尾張国西春日井郡下小田井村(現・愛知県清須市)の生まれ。 真宗大谷派の関係学校、尾張小教校(現在の名古屋大谷高等学校)を修了。 新宮の浄泉寺の住職に就任。 日露戦争に際して国内の仏教各宗派が戦争に協力するなか、非戦論を主張した。 大逆事件で逮捕され、死刑判決に処されたが、後に無期懲役に減刑された。 秋田刑務所で服役中に自殺。享年51歳。