私たちは20世紀に生まれた numabe.exblog.jp
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ニューヨークでバーナード・ハーマンが生を享けたのと同じ年ミラノでニーノ・ロータが誕生しているのは不思議な巡り合わせというべきであろう。偶然にもほどがあると...

沼辺信一 [Shin-ichi Numabe] 1952年東京に生まれ、 1975年まで埼玉で暮ら す。大学を中退後は 上京して独り暮らしを 始め、多くの友人と出 逢う。生活のためバイト に精を出すうち、編集 プロダクション見習とし て書籍編集のイロハを 身につける。1988年、 取材で初めて訪れた外国 都市がレニングラード だった。 1989年から2003年 まで美術館の学芸員。 ジョゼフ・コーネル、 モネ、ルノワール、 若林奮など の展覧会を担当。 引退後は海辺で悠々自適の生活を旨とし、ブログ執筆のほか、折りにふれてバレエ・リュス、ロシア絵本、プロコフィエフの日本滞在などについて論考を綴っている。国境を越えた20世紀芸術の伝播に強い関心を抱くとともに、自らのルーツである70年代カルチャーにもやみがたい郷愁を 覚える。 ◆ 好きな作曲家/ パーシー・ グレインジャー、モーリス・ジョーベール、 ルース・クロフォード・ シーガー、マーク・ ブリッツスタイン、 クルト・ワイル、 ノエル・カワード ◆ 好きな映画監督/ ジャン・ヴィゴ、 ケン・ラッセル、 デレク・ジャーマン、 ジョン・カサヴェテス、 加藤泰

コメントをありがとうござ.. by s_numabe at 20:17 numabeさま あー!.. by madamegrimm at 21:07 おようさま、嵐山さんのき.. by s_numabe at 16:26 ご紹介有り難うございます.. by madamegrimm at 15:41 はんきち殿、 見つかりま.. by s_numabe at 11:48 沼辺さん、Netで本を見.. by k_hankichi at 10:01 はんきち殿、 調べてみる.. by s_numabe at 17:00 沼辺さん、興味深い一冊で.. by k_hankichi at 19:04 Peycoco さまも、.. by s_numabe at 23:37 社会人1年生の時に198.. by Peycoco at 15:27

ジェルソミーナとザンパノのための音楽

ニューヨークでバーナード・ハーマンが生を享けたのと同じ年ミラノでニーノ・ロータが誕生しているのは不思議な巡り合わせというべきであろう。偶然にもほどがあるといいたくなる。これも天の配剤か。 ふたりはともに専門的な音楽教育をみっちり受けたのち、20世紀における映画音楽を芸術の域へと至らしめる役割を果たし、名だたる映画監督の「お抱え作曲家」──前者はオーソン・ウェルズヒッチコック、後者はフェッリーニヴィスコンティ──としての地歩を確立し、本来の出自であるクラシカル音楽の分野でも少なからぬ作品を遺している(今ではそれらの多くがCDで聴ける)。

"Nino Rota: La Strada, Concerto Soirée, Il Gattopardo" ニーノ・ロータ: バレエ組曲 《》 夕べの協奏曲* 《山猫》 の舞踏会音楽 ピアノ/ベネデット・ルーポ* ジョセプ・ポンス指揮 グラナダ市立管弦楽団 2004年7月、グラナダ、マヌエル・デ・ファリャ楽堂 harmonia mundi HMC 901864 (2005)

ニーノ・ロータといえば 《ゴッドファーザー》 の「愛のテーマ」、《太陽がいっぱい》 や 《ロミオとジュリエット》 を挙げる向きもあろうが、やはりフェデリーコ・フェッリーニ監督との終生にわたる協働作業こそが本命であろう。

《白い酋長》 (1951) 《青春群像》 (1953) 《道》 (1954) 《崖》 (1955) 《カビリアの夜》 (1957) 《甘い生活》 (1959) 《ボッカチオ'70》 フェッリーニ篇 (1962) 《8½》 (1963) 《魂のジュリエッタ》 (1965) 《世にも怪奇な物語》 フェッリーニ篇 (1969) 《サテリコン》 (1969) 《フェリーニの道化師》 (1971) 《フェリーニのローマ》 (1972) 《フェリーニのアマルコルド》 (1974) 《カサノバ》 (1976) 《オーケストラ・リハーサル》 (1979)

実際に列挙してみてつくづく痛感させられる。フェッリーニとロータとは不離不可分、まさしく一心同体なのだ。 一方で数こそずっと少ないものの、ルキーノ・ヴィスコンティ監督と組んだ仕事も忘れることができない。

《白夜》 (1957) 《若者のすべて(ロッコとその兄弟)》 (1960) 《ボッカチオ'70》 ヴィスコンティ篇 (1962) 《山猫》 (1963)

ロータのディスクはサントラ盤をはじめ、彼自身が「本業」と考えた純音楽作品まで枚挙に暇がないのだが、ここに紹介するのはその中間をゆく企画である。 最初の 《》 はフェッリーニ映画音楽そのものではなく、十二年後にミラノのスカラ座のためにバレエ化したものだ(《若者のすべて》 の音楽も部分的に用いられているらしい)。勿論お馴染のジェルソミーナのテーマ(ドヴォジャークの弦楽セレナードの「ラルゲット」そっくりの旋律だ)も、荒くれ男ザンパノが芸を披露する場面の賑やかな音楽も、しっかり取り込まれている。 一方の 《山猫》 は延々と続く舞踏会のための音楽である。初めに聴こえる円舞曲はヴェルディの未出版の曲にオーケストレーションを施したものという。贅沢な話だ。ヴィスコンティは当初は四十分間も続くはずの舞踏会の場面を大幅に短縮したというから、ロータの音楽も未使用に終わったものが多い由。 間に挟まった夕べの協奏曲(1961)は五楽章の純然たるピアノ協奏曲だが、映画音楽さながらの親しみやすさ。それもその筈、 《道》 と 《8½》 と共通する主題が流用され、映画とも類縁関係のある楽曲なのである。

このCDを手にした真の理由は魅惑的なカヴァー・デザインにある。どうだ(→これ)。このジェルソミーナの泣き顔に抗することなぞ誰にもできないだろう。