京都府八幡市にある幻の心霊廃墟・軍人病院(ビルマ僧院)を求めて
京都府八幡市にある幻の心霊廃墟・軍人病院(ビルマ僧院)を求めて

京都府八幡市にある幻の心霊廃墟・軍人病院(ビルマ僧院)を求めて

住所は京都府八幡市。男山には軍人病院(ビルマ僧院)という心霊廃墟がある。行き方が分からなかったので、八幡の廃屋横の道、男山ケーブルの横の道、さらには大聖不動明王へと続く道、この3ルートから軍人病院を探した。しかし、見つからなかった。過去には肝試し途中の若者が京阪電車にはねられる痛ましい事件も起こっていることから廃墟探索はお勧めしない。

幾つか指摘を。 ます、八幡の廃屋ですが、旅館ではなく個人宅です。私が子供の頃には、ご老人が出入りするのが電車から度々見ていました。足か膝が悪かったのか、ゆっくりゆっくり歩いておられました。向かいのお家の方とも立ち話などをされていました。 その後お亡くなりになったのか、廃屋に。そして台風被害を受け、以降急速に崩壊が進みました。道幅的にも大きな車が入れず、解体等も難しかったようです。 ビルマ僧院は、宗教団体ではなく『宗教に嵌まった個人が自力での建設を目指した建物』ですね。 戦前に建て始め、不況や戦争もあり途中で断念。基礎をいくつか建てただけです。 本人は建設後に観光地として活用する予定だったそうです。 大正や昭和初期に多くあった遊園地(景色を楽しみ、保養する場所)を目指していたとか。 少年の踏切事故ですが、心霊スポットを探していたのは事実です。 探していたのはビルマ僧院ではなく『幽霊踏切』です。 この踏切、私が子供の頃にはありました。 男山のすそ野に小さな田んぼがあり、そこへ行くのに便利なように『田んぼの持ち主が京阪のフェンスを切り扉をつけて、勝手に踏み切りにしていた』というのが真相です。 その後、90年代に京阪がフェンスを補修した時に勝手な細工は撤去。フェンスも破られないようなものに替えました。 私が子供の頃は、田んぼの持ち主がフェンスの前で電車が通り過ぎるのを待っていたり、フェンスに私設設の鍵を掛けたり、田んぼの傍らで休憩している光景がよく見れました (勝手踏切を使うと1-2分の道のりが、普通に向かうと20分以上かかったようです) 設置主が使う時だけ幽霊のように現れる踏切。というので、勝手踏切を『幽霊踏切』と呼ぶことがありました。 少年は幽霊踏切。という名前だけ聞いて、心霊スポットと勘違い。遠い昔に撤去された踏切を探して線路に入り、特急列車にはねられました。 (グループで来ていたので、何もないでは示しがつかなかったのでしょう。他の者が帰宅を促し、実際に還ったものもいたそうですが、頑なに幽霊踏切を探して線路に進入したそうです)

近所の廃屋を勝手に心霊スポット認定しないで欲しい。 最初の旅館跡と言われるところも、定期的に持ち主が立ち入ってますよ。 赤線地域からだってそこそこ遠いし、踏切事故も起きたことは有りません。 何の言われもない、地域住民しか利用しない踏切。 迫力ある絵が撮れるからって、カメラ小僧は度々見てる。 マナー守ってるから問題ないけど。 踏切事故がよく起こるのは橋本駅のすぐ横の踏切でしょ。

コメントありがとうございます。 僕はここ数年で廃墟探索に興味を持ったので、残念ながら軍人病院を見ることはできませんでした。すでに伝説化している?軍人病院をお目にかかられたということで、羨ましい限りです。 サイト運営者より

大島てるは、登録できる情報の時期が近年に限られているので、例えば難波の現ビックカメラ、かつての千日デパートで火災があり、多くの死傷者が出たことも登録できません。 なのでデマと決めつけるのは早いですよ。

以前は「静かに!」「立入禁止!」の柵の先にビルマ僧院跡がありました。 大正末期から昭和初期にかけてとある宗教団体がビルマ僧院と宗教公園の建設を計画したものの石清水八幡宮のお膝元に訳のわからない宗教施設は不謹慎と言うことで地元の反対に遭い、資金難もあり建設半ばで頓挫、放棄されました。 いくつかの石像や建物跡などもありましたが近年心霊廃墟スポットとして有名になり、侵入者や騒音等の問題があり、また心霊スポットを探しに来た人が線路内に立ち入りひかれる事故があり数年前に完全に取り壊されました。 軍事施設、軍人病院というのはこのビルマ僧院跡の近くに「紀元2600年記念」「海軍大将」の文字のある記念碑があるためのデマです。 八幡市には過去軍関係施設の」記録はなく、隣接する枚方市楠葉に楠葉台場と言う幕府の砲台・関所があったくらいです。戊辰戦争で鳥羽伏見の戦いで負けた幕府軍がこの楠葉台場や隣接する橋本陣屋で再起を図るも対岸からの砲撃や新政府軍が接近したため大坂城へ撤退しました。 結核の隔離病棟は現在の八幡市民体育館付近に昭和50年代まで木造建物(廃墟)がありましたが昭和63年の京都国体のために取り壊され体育館とスポーツ公園が整備されました

>>1 ご指摘ありがとうございます。全て直しておきました。「岩清水八幡宮」・・・恥ずかしいです。 また、地元の方ならではの情報提供助かります。 やはりネットには信用できない情報が流れているなぁ・・と思いました。勉強になりました。

はじめまして。八幡市民です。えーと、修正のお願いを一つ。 「石清水」です。「岩」ではなく「石」(苦笑)。 ここは頼朝や尊氏も参った歴史深い神社です。 ついでに申し上げると。 冒頭に出て来た廃墟。 ここはかつては旅館でした。一家心中というのはデマで夜逃げです。 この元旅館のそばにある小さな踏切が激ヤバ地帯なんですよ。 隣の橋本地区がズバリ赤線地帯。 逃げてきた遊女がこの踏切で事故死。 以来、遊女の霊が引っ張る踏切だと言われています。 ついでに言うとこの旅館の奥の藪でも首つり自殺がありました。 駅から近くて便利なのに誰も住もうとしないのはそういう事情ゆえです。 ご注意ください。